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Juntos【ふんとす】の案内

－お年寄りに寄り添うことからはじめる。介護者が変われば利用者も変わる－

川原秀夫さん
[ 特定非営利活動法人コレクティブ理事長 / 熊本県熊本市 ]

【フントス24号に掲載】

■宅老所「きなっせ」

　施設の職員だった川原秀夫さん（小規模多機能ホームきなっせ代表）が、宅老所きなっせを開設したのは1999年4月1日だった。長年現場で、認知症（痴呆）のお年寄りに接してきた川原さんは、閉じこめるよりも自由に過ごしてもらう方が、その人らしい落ち着いた暮らしができることに気がついたからだ。
　「施設の中でも認知症のお年寄りはわけのわからない余計な人という認識でした。痴呆棟に閉じこめて、いわば社会から隔離した状態でなければ安定した状態にはならないと思い込んでいたのです」
　だが、それは介護する側の一方的な思いこみだ。なぜなら、出ていけないと感じた瞬間から、認知症のお年寄りの状態は悪化するのだ。なぜ徘徊するのか、それは入り口が閉まっているから、「閉じこめられた」と思って出ようとするからだ。

　施設職員が努力をしていなかったわけではない。楽しいこと、喜んでくれそうな行事なども計画した。それでも、痴呆棟のお年寄りの表情がよくならない。ところが、閉じこめられていない時のお年寄りの表情は晴れやかだ。それを発見した。
　痴呆棟のお年寄りを痴呆棟から解放したのだ。一般棟に移し、そこで虚弱高齢者と一緒にケアを受けるようにした。
　「一般棟に移ったほぼ全員が状態がよくなりました。今まで手づかみで食事をしていた人がはしを使って食事をするようになり、夜間の不眠や徘徊もなくなりました」
　だが、一般棟が認知症のお年寄りにとって、安心できる場であるかといえば、そうではない。
　「認知症のお年寄りが安心するのは、もっと小さい単位での暮らし、そしてコンクリートの建物ではない、見慣れたまちでの暮らしだったんです」
　自分のじいちゃんを今の施設には入れきれん。また、入れたい施設はどこかにあるのか？
　自問自答して出した答えが、きなっせ開設だった。
　通って泊まることができ、地域とつながっている施設。小規模で家庭的な施設を・・・こう考えてつくった宅老所きなっせ。あえてグループホームの制度にはのらなかった。そこには川原さんのこだわりがあった。
　「地域のかけ込み寺的存在でありたいこと。デイサービスを大きな柱にすることで、在宅での生活を支えることができるから」
　きなっせは介護保険でデイサービスとホームヘルプ事業を実施し、泊まりと居住を自主事業で運営している。目の前の一人の人を支えるために必要なことを行っている。

■自己決定

　熊本市の中心街からバスに揺られること30分。住宅地の中にきなっせはあった。宅老所ということばから思い描くよりもずっと大きな家だ。
　引き戸の玄関を入るとすぐに広いデイルーム、ゆったりとしたソファーが置かれている。デイルームの一部には畳敷きの和室があってコタツが設けられている。デイルームの延長が幅広な廊下。だがこの廊下はちょっとしたフリースペースとしていくつかの仕掛けができるほどゆったりした空間でもある。
　廊下を左右に挟むかっこうで個室が8室、その先に台所兼食堂がある。ほかにトイレ、風呂場と脱衣所、洗面所、事務室などがある。
　ソファーでうたた寝中の人、自室で熟睡中の人、コタツで新聞を読んでいる人、食堂でお茶を飲んでいる人、みんな自分の好きな場所でやりたいことをやっている。デイサービス利用者とここに住んでいる人たちだ。
　玄関からフローリングのデイルームに足を踏み入れた。
　と、そこに食堂からまっすぐこちらに向かって歩いて来る人がいる。

　何かブツブツつぶやいている。
　「殺してください」
　突然の出来事に返事もできず、戸惑うだけだ。
　「殺してください」
　こちらの目をまっすぐ見て、再び言い放つ。認知症の利用者だ。
　うろたえる訪問者。そこへスタッフが助け船。
　「寂しいからそんなこと言わないでね」
　そのことばを無視するように、すたすたとその場を立ち去る利用者。
　廊下のスタッフにも同じように言い、昼食の準備をしているスタッフにも言っている。ただの口癖なのか。そう思った時、川原さんがその利用者が座り込んだソファーの前に膝を折って腰を落とした。目線が同じになった。
　「殺してください」
　川原さんはおだやかに言った。
　「どこか苦しいか？　それとも寂しいか？」
　「・・・」
　「どっこか、きつか（きついですか）？」
　ちょっとの間が空いて、利用者は返事をした。
　「連れて行ってください。（私の）部屋に」
　川原さんは利用者と並んでゆっくりと歩き出した。
　利用者は自室の前まで来ると、川原さんにも入れというように手を引っ張った。その5分後には部屋から出てきてしまうのだが、少なくともその瞬間は自己決定しているのだ。自分らしくあるとは、こういう瞬間の積み重ねのことをいうのだろう。もし職員が多なる口癖だからと、無視したり聞き流していれば、利用者の自己決定は有りえなことになる。
　その人がその人であることを認めるとは、こういう対応のことだ。

■寄り添う

　食堂では昼食の準備中だ。
　「Ｔさん、これを切っていただけますか。ごまあえにしますんで」
　職員は、テーブルの上のまな板に、ゆでたほうれん草を置き、Ｔさんに包丁を渡した。
　「ハイハイ」
　Ｔさんは歌うように返事をすると、包丁を使い始めた。
　ガスコンロの上に置かれた大きな鍋から、ケチャップのいい香りが漂ってくる。
　「先生、お昼ご飯にしましょう」
　職員が利用者に声をかける。元教師だったから「先生」と呼ぶ。認知症があり、在宅での暮らしが困難になったため、レスパイト専用の「おいでなっせ」で暮らしている。日中はきなっせのデイに通ってくる。おいでなっせは、きなせから車で5分ほどの場所にある。こちらも住宅地の中の普通の民家だ。

　昼食は利用者が好きなテーブルで食べる。この時、広めの廊下が役に立つ。廊下といってもちょっとしたフリースペースに負けないくらい広いし、家庭的なしつらえもできている。この空間にどっしりとした上等なテーブルが置かれているのだ。このテーブルで食事をするグループが一つ。
　デイルームに置かれた白木のテーブルでも食事ができる。もちろん、食堂のテーブルで、いつもの席に座る利用者もいる。
　先生は歩き回っていたが、そのときは廊下のテーブル付近にたたずんでいた。
　川原さんはいすを引いて、席をすすめた。先生は腰を下ろした。
　川原さんは先生の斜め前の席に座った。先生が立ち上がった。川原さんは先生のもとに戻ると「先生、こちらにどうぞ」と再び席をすすめて、腰を下ろしてもらった。
　先生がまた立ちあがってしまった。どこかに行くのでもなく、ただ立ち続けている。
　川原さんは今度は席に誘導しない。先生の斜め前の席に座っているだけだ。ことばもほどんどかけない。じっと座り続けることで「ここでご飯を一緒に食べましょう」と呼びかけているのだ。
　先生は時折、川原さんをじっと見つめている。何をしていいのかわからなくなったのだろう。どうしようか考えているのだろうか。見つめられた川原さんは「そこに座っていいんですよ」というように小さくうなずくだけだ。
　川原さんが席に座り続けること約7分。先生は自分でいすに腰を下ろした。今度は立ち上がらない。
　不思議なことに、午前中あれほど歩き回っていた先生が、食事中は立ち上がるそぶりさえ見せなかった。
　なぜ、川原さんが座り続けることが意味を持つのか。先生は、あれこれ口出しされるのが嫌いなのではないか。母親が子どもにああせい、こうせいと指示を出すような、そんなケアでは満足できず、爆発してしまうのだろう。もし立ち上がるたびに席に座らせていたらどうだろうか。逆に座り続けることで「それでいいんですよ。待っていますから」と、受容していることを体現しているのだ。認知症のお年寄りの個性を受入れ、寄り添うとはこういうことだ。

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