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 相馬地域の現在の放射線量は、町中では0.10〜0.30μSv、山間部では0.50〜0.80μSv (2012/07/24文部科学省「放射線モニタリング情報」)。「放射線について、相馬は日本一微妙な場所」(2012/01/07河北新報)という声も聞かれるように、震災以前の放射線量(0.05前後)を考えると、町中であっても安心して生活することは難しい。そこで、住民みずから放射線量の測定、通学路の除染などの活動を展開することで、〈安全・安心の再構築〉をはかってきたのである。  
 今日、こうした地域では、空間の放射線量(シーベルト)を測るための簡易測定器が「一家に一台」の時代になったと言っても過言ではない。だが、外部被曝から内部被曝へと問題関心が拡大したものの、この簡易測定器によって、水や食品の放射線量(ベクレル)を測ることは不可能である。さりとて、いわゆる食品検査器は、NaI(ヨウ化ナトリウム)シンチレーションにしろ、ゲルマニウム半導体にしろ、非常に高額であり、現在までのところ自治体レベルでの導入にとどまっている。市民が利用できるように食品検査器が開放されている自治体もあるが、予約制であったり待ち 時間が長かったりと、不都合も多い。  そのような状況において、家庭用の食品検査器(ガンマ線検出器)を自作する取り組み が現れたのである。今回は〈技術者のボランティア化〉という観点から、こうした活動の 展開過程に迫ってみたい。

Yさんが食品検査器を自作するまで

 食品測定も可能な、このガンマ線検出器を自作したのは、地元の電機メーカーに勤務してきたYさん(60歳代・男性)。40年の長きにわたって、テレビチューナーや無線通信機など、アナログ回路の設計にたずさわってきた技術者である。数年前に退職して以降は、ホームページ「RFテクノ」を開設し、高周波技術のボランタリーな普及につとめてきた人物でもある。  
 Yさんがこの検出器を自作した背景には、隣組を同じくするTさん(前号で紹介)からの呼びかけがあった。コミュニティにおける測定・除染活動の一方で、放射化学の専門講座を受講してきたTさんは、簡易測定器の校正(calibration;測定器のズレを把握し、目盛りの補正などを行う)の必要性を痛感するようになっていた。たとえば、同一地点の放射線量を測るときに、ある機械では0.10、別の機械では0.30といった具合では、数字が一人歩きするだけで、測定の用をなさない。「数値が正しいかどうか、正確に測定できているかどうか、アドバイスやサポートをしてほしい」(ヒアリングの声)という依頼が、技術者であるYさんに寄せられたのである。  
 それまでの仕事のなかで、校正の大切さを経験してきたYさんではあったが、「当初は、サポートやボランティア活動の意味が、はっきりしなかった」(ヒアリングの声)という。「私にできることは何だろうか」「私なんか何もお役に立てないのに」(同)と、自らの活動のあり方を思い悩んでいた折、Yさんは2つの出来事に直面する――前述のTさんをとおして工学系研究者との関係が築かれ、技術的な相談が可能になると同時に、電気工作キットの会社から、測定器の要となるCsI(ヨウ化セシウム)シンチレーターが売り出されたのである。そうして、「アナログ回路の設計という意味では、(これまでの仕事も測定器の製作も)共通しているではないか……私にできることはこれだと、道が決まっていった」(ヒアリングの声)。

食品検査器のメカニズムと試行錯誤

  この食品検査器「シンチスペクトリ・そうま」の製作にあたって、Yさんには次のような思いがあった――保育園児の孫をもつYさんにとって、水や食品に含まれている放射能の問題、その購入に日々心を尽くしている親世代の不安と心配は、他人事ではなかった。しかし、自治体の食品検査器は予約制であり、手軽に検査できるような環境にはなっていない。そこでYさんは、技術者としてのキャリアをふまえ、「できるだけ安価に、食品測定器を電子工作すること」(そして、やがてこの測定器が各家庭に普及し、日々の生活に役立つようになること)を、自らの目標に据えたのである。 
 この「シンチスペクトリ・そうま」のメカニズムは、要約すれば、「CsIシンチレーター」が放射線を光に変換し、その光を「フォトダイオード」が電気信号に変換し(図2で白く見える1p角の物体が、CsIシンチレーターとフォトダイオードの組み合わせ)、その電気信号を回路が増幅するものである。そして、この測定器をパソコンにUSB接続し、セシウム(134CS・137CS)やカリウム(40K)などの放射性物質がどれだけ含まれているのか、スペクトル解析することになる。  
 こうして言葉にすると、簡単な作業のように聞こえてしまうかもしれないが、回路の設計には多くの困難がともなっている。「(電気信号は)微弱な信号であるため、内部雑音を_いかに減らすか」(ヒアリングの声)が課題になるが、どのような部品を、どのように配置すれば、回路自体が発する雑音を減らせるのか。Yさんは夜な夜な、トランジスタや抵抗、コンデンサなどの部品を選定し、相当数の回路を検討することで、測定性能を向上させていった。とりわけ0.65oピッチのハンダ付けは圧巻であろう。こうした試行錯誤の産物である「シンチスペクトリ・そうま」は、技術者のブリコラージュ(bricolage;器用仕事)そのものだといえる。

食品検査にとっての「壁」

 このガンマ線検出器で食品を検査するには、実はもう1つ、クリアすべき問題が残されていた。それが、遮蔽である。土壌に比べて放射線量の少ない食品を検査する場合(両者の1s当たりのベクレル値は、桁数が異なっていることに注意されたい)、どうしても大気中の放射線量の影響を受けやすい。鉛板を組み合わせて遮蔽空間を確保しなければ、測定誤差が大きくなってしまう。  
 しかし、重く、厚い鉛板を、複数組み合わせていくことは容易ではない。ここでも、Yさんの経歴が功を奏することになった――それは退職前からの、木工DIYの趣味である。電動工具で切断した木材で、重さ20s以上の鉛板を支える外枠をつくりあげたのである。  
 こうして基本設計が完成した食品検査器を前にして、Yさんは「使いやすさと性能には、相反する面もある」(ヒアリングの声)と言う。 測定器内部のCsIシンチレーターを大きくすれば、そして遮蔽のための鉛板を厚くすれば、たしかに検出感度を上げることはできるが、費用が高くなり、移動も難しくなる。一方では、新たな暫定規制値が施行された結果(2012年4月〜)、実用化には感度のアップが課題とならざるをえない。  
 こうした状況のなか、Yさんは測定器の共作に向けたTさんとの勉強会、地元高校生の理科教育との連携というように、しだいに〈市民科学〉のための教育へ、重心を移してもいる。それは、放射能とともに生きることを余儀なくされた世代に対する、ベテラン技術者ならではのミッションの現われであるように思われる。 本稿は、日本学術振興会科学研究費若手研究(B)(課題番号24730431)による研究成果の一部である。_